ある日の宿題風景
使えるものは使う

あとがき
息子の気持ちを差し置いて、宿題多い!毎日大変!と叫びたくなる。
家の仕事も山積みだっていうのに、今の時代、宿題の答え合わせは、親に託されている。
先生から出されるプリントの他にもノートに家庭学習をして、その他に音読。それらを毎日全部こなすには、まとまった時間が必要だ。
不機嫌な息子をなんとか机に向かわせたり、学習面のサポートやら、たかが子どもの宿題と言っても、やることは丸付けだけでは済まない。
お互いの機嫌がどうにもぶつかってしまう時は、親子バトルになったり、散々だ。
出されたプリントを勉強することが家庭学習になってる気もするし、音読だって、毎日家でやるほど大事なのか?と、宿題のストレスで、はじけそうになっている息子を見ていると、文句のひとつも言いたくなる。
家では休ませてあげたいし、私だって休みたい。それが本音。
いつか息子が「勉強が得意な人はずるい。自分は宿題が辛い。」と漏らしたことがあった。
確かに、もしも宿題が「踊ること」だったなら、息子も少しは楽しめただろう。
踊りのキレも夜ごとに増していくだろうな・・・・・なんて妄想したところで仕方がない。
お勉強の要は、今だ国語や算数だから。社会とは上手く噛み合えない時もある。
だから息子には、お勉強のせいで自信を失くしたり、自分には出来ないとか自分はダメだとか、勘違いしてほしくないなと思う。
たまたま自分に合っていないだけだよと言いたい。それだけのことなんだよと。
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